蔵王古道

蔵王古道の歴史

平安の時代に修験の道として開かれた蔵王。江戸時代に御山詣りの道として歩かれた蔵王古道の歴史をご紹介します

蔵王古道地図

全長15km。標高差1450m
遠刈田温泉 里宮と刈田岳山頂に建つ奥宮をつなぐ、いにしえの道 蔵王古道

モデルコース

蔵王古道のモデルコース

  • 御山詣りコース
  • 車で周るいいとこ取りコース
  • 蔵王古道ウォークコース

蔵王古道の動植物 コマクサ

古道で見られる動植物

蔵王古道で見られる動物や植物、花の一部を解説付きでご紹介

蔵王古道の歴史

平安の時代に修験の道として開かれた蔵王。江戸時代に御山詣りの道として歩かれた蔵王古道の歴史をご紹介します

奈良時代

忘れられない山

蔵王の山は「不忘山」や「刈田嶺」と呼ばれ、山そのものが神としてまつられていました。

平安時代

山伏たちの修行

奈良の吉野で発祥した、日本独自の宗教、「修験道」が全国に広まり、山伏たちが、「願行寺」という寺を建て、そこを起点に山々で厳しい修行を行っていました。

蔵王大権現

その山伏たちが最も大切にしている信仰の証「蔵王大権現」を山頂に祀りました。それが、蔵王の山名の由来です。

鎌倉時代
室町時代

願行寺の繁栄と衰退

奥州藤原氏の援助もあり「願行寺四十八坊」と称されたように、多くいの寺が存在していました。しかし藤原氏の滅亡により、3つの寺を残すのみとなりました。

江戸時代
蔵王古「道」の確立
伊達政宗が仙台藩主となると、仙台藩の勢力が強まり、山伏たちは遠刈田を出発点とし山頂を目指すルートを確立し修行をするようになります。 これが現在の蔵王古「道」です。
人気の参拝ルート
庶民の生活が安定し、旅行が容易となってくるこの頃、全国各地の有名寺院や霊場への参拝が流行します。蔵王山の「蔵王大権現」を参拝する道のりもまた、現在・過去・未来を現す景色が広がる「生まれ変り」の象徴コースとして各地に講が作られ大ブームとなります。
明治
大正
神仏分離令
明治維新の「神仏分離令」により、寺院が焼き払われるなど西の方では大きな動きがありました。蔵王では「嶽之坊」と呼ばれた寺院は「遠刈田刈田嶺神社」と名前を変えますが、御山詣りには大きな影響を与えることなく、蔵王古道の御山詣りブームは太平洋戦争後まで続きました。

昭和

忘れ去られた道

1962 年 ( 昭和 37 年 ) 蔵王エコーラインが開通。 山頂まで車で行くことができるようになり、蔵王古道を歩く人が激減。いつしか忘れ去られた道となりました。

平成
令和

「蔵王古道」復活

地元の有志により、半世紀の時を経て蔵王古道が復活。4年の月日をかけて、歴史を辿りながら、当時使われていたであろう道を書物や地図から探し出し復元。2014 年、ついに第一回現代版御山詣りを開催。現在では維持活動を行い、遠刈田温泉から刈田岳まで歩いて登れるように整備しています。

蔵王古道地図

遠刈田温泉 刈田嶺神社里宮から刈田岳山頂に建つ奥宮までつなぐ
標高差1450m、距離15km いにしえの道 蔵王古道

刈田嶺神社里宮もとは蔵王大権現御旅宮(冬季に蔵王大権現をまつる社)といい、蔵王の御山詣りの出発点となっていました。

大鳥居 蔵王古道表口青根道から左に折れると『蔵王参詣表口』となります。
かつては御山詣りの一の鳥居がありました(二の鳥居は小妻坂または棚村、三の鳥居は円田字大鳥)。

冷泉堂参詣路沿いにある湧水地。 昔は石組みの水浴場があり、参詣者が水垢離をする場所となっていました。 また、ここより山上には目立った湧水地はなく、給水地としても重要でした。
弘法小屋は青根方面からの参拝者受け入れの管理所で、山伏が常駐していました。 青根方面からの石碑が残っています。
三階の滝 三階滝・不動滝・地蔵滝が見渡せる景観スポット。 昔は御小屋とよばれる出張社務所が設けられ、青根方面からの参詣者の御祓いを行うとともに、参詣者の休憩所となっていました。
不動尊 不動滝は、不動明王に由来する滝です。 参詣者はここで滝行することもありました。 石の不動尊をまつり、山伏が常駐して休憩や祈祷などを行っていました。
雲湧谷峩ヶ分岐を過ぎると、雲湧谷です。 澄川源頭の雄大な景色を見ることができます。 またここにはかつて、雲湧谷スキー場がありました。
一天名月 昭和6年、大吹雪によりこの地で亡くなった息子さんを弔うため、ご両親が建立した碑です。 「千畳の雲山、千畳の愁い一天の名月、一天を恨む。」意訳「雲に包まれた山が幾重にも折り重なっているように、私の愁いは果てることがない。 月は美しく天に輝いているが、私は天を恨めしく思う。
カナガラ仏賽ノ磧の入口にある石仏や石碑でできた塚。 参詣者が持参した小さい石仏や卒塔婆を供える場所でした。 この近くに「姥が大日」という場所があり女性はここまでしか行けませんでした。 女人禁制は大正8年に解かれました。
賽ノ磧 生と死の境界を流れる三途の川。 賽ノ磧は、荒涼とした石河原が果てしなく広がる三途の川の河原です。 その様子が似ているだけでなく、蔵王の御山詣りの観念的なテーマ『生れ変り』にも合致していることから、蔵王山麓の溶岩原を賽ノ磧・三途の川と呼びました。
賽ノ磧溶岩原の最高標高地帯はコマクサの群生地です。 『こまくさ平』 の呼び名はエコーライン建設後に定着したも ので、それ以前は漠然と賽の磧と呼ばれていました。
不帰の滝賽ノ磧は濁川によって開析され、200mもの断崖となって終息します。 この断崖の奥に「不帰の滝」があります。 御山詣りでは、三途の川を渡って死後の世界に足を踏み入れ、この世には戻れないことの象徴でした。
ここから御沢駆け、御峯駆けの2コースに分かれます。かつては、御沢駆けで登り御峯駆けで下ったとか。 昔は浄土口と呼ばれ、弘法大師の石像が安置されていました。 現在は、大黒天と呼ばれています。
御釜蔵王連峰五色岳の、およそ800年前の噴火によって火口にできた湖です。 御山詣りでは、この湖水を『閼伽( 仏に供え備えたり、身を清めるための清浄な水)』と考え、身を清め山上に登りました。
刈田嶺神社奥宮 刈田嶺神社 奥宮もとは蔵王大権現奥宮と呼ばれていました。 山開き期間中、蔵王大権現を祀っていました。 蔵王の御山詣りではゴールに当たり、ここで祈祷を受けることにより、一度の参詣が完了します。

モデルコース

・御山詣りコース・車で周るいいとこ取りコース・蔵王古道ウォークコース・案内図ダウンロード

車で周るいいとこ取りコース

難易度
1/5

遠刈田温泉の里宮から刈田山頂まで蔵王古道に沿って伸びる蔵王エコーラインを車を使って、蔵王古道のおすすめポイントを巡るコース。

蔵王古道ウォークコース

難易度
2/5

日本の滝百選に選ばれた「三階の滝」の展望台(滝見台)に車を置き、雲湧谷までの往復4kmの比較的平坦な初心者でも歩ける蔵王古道ウォークコース。

御山詣り

難易度
4.5/5

昔、歩いて往復した「いにしえの道」蔵王古道を、令和の御山詣りでは往路は徒歩で、復路は車を使ってご参拝します。
標高差1450m、距離15㎞の半世紀の時を経て復活したロングコースを歩いてみてください

蔵王古道登山の注意

蔵王古道は、よく整備されているとはいえ、山道です。次の点に注意しましょう。
  1. 靴は、登山靴かしっかりしたハイキング用にしよう。
  2. 水と雨具を持とう。
  3. 荷物は背負って、両手は空けよう。ストックを持つのも◎
  4. 道路を渡るときは、車に気を付けよう。
  5. 古道案内図を持っていこう。

古道で見られる動植物

蔵王古道で見られる動物や植物、花の一部を解説付きでご紹介